神の愛を伝えたい・・・

シルバーバーチの霊訓より

招かれるものは多いが選ばれるものは少ない

 神の分霊として一人ひとりの人生を歩み始めた人間には自ずと一つの基本的存在目的があります。一言で言えば霊的成長です。正道を歩む全き人は老いも若きもそれぞれに役割を果たしながらこの目的を追求しているということになります。

 そういう生き方をしながらお互い教え合い高め合っていく。これが人間の生き方というものでしょう。そのための知恵がつまったのが霊訓、高級霊からの通信です。高級霊は私たちに「真理と知識と叡智と理解を広める仕事」に勤しんで欲しいと願っています。これには誰もが参加できますしそうすべきです。

 しかしこの真理普及に今や上級ライセンスが設定されました。新しい霊的進化の時代が到来したからです。それはもちろん誰でも目指せるのですが、その参加者のすべてが取得できるかというと今のところ難しいかもしれません。真理普及の大計画の創始者であるイエスとしっかりとつながって、全人生を捧げる覚悟が必要だからです。そのようになれる人はいわば選ばれしものということができるでしょう。

 しかし、もしもそんなラクダが針の目を通るようなことは不可能だと思っても、絶望することはありません。下級ライセンスの人でも段々と上達することが可能だからです。

「肝心なことはそれ(霊的真理)を人生においてどう体現していくかです。心が豊かになるだけではいけません。個人的満足を得るだけで終わってはいけません。こんどはそれを他人と分かち合う義務が生じます。分かち合うことによって霊的に成長していくのです。それが神の摂理です。(中略)霊的成長にも摂理があり、魂に受け入れる備えが整って初めて受け入れられます。私どもは改宗を求める宣教師ではありません。真の福音、霊的実在についての良い知らせをおもちしているだけです。それを本当に良い知らせであると思ってくださるのは、魂にそれを受け入れる備えの出来た方だけです。良さのわからない人は霊的にまだ備えが出来ていないということです。」(「シルバー・バーチの霊訓1」6章)

 常に上を見上げながら、これぞ真理と確信していることを体現しつつ分かち合いつつ、段々と成長していけばいいのです。